【画像】藤井貴彦は若い頃イケメン!かつら疑惑はデマ?真相は?フリー転身の理由は?

当ページのリンクには広告が含まれています。

元日本テレビアナウンサーで現在フリーアナウンサーとして活躍を続けている藤井貴彦さん。

スポーツ中継やnews every.などの報道番組から「投稿!特ホウ王国」や「ウッチャンナンチャンのウリナリ!!」などのバラエティ番組まで幅広く活動しています。ネガティブに思うようなこともポジティブに考えることに長けており、視聴者の信頼や共感を集め、人気なアナウンサーです。

今回は藤井貴彦さんの若い頃を振り返り、現在の活躍に至るまでの変遷をお届けいたします!

目次

【画像】藤井貴彦は若い頃イケメン!

20代(1991年~2001年)

引用元:YouTube

小学生の頃からサッカーに夢中だった藤井さん。大学ではサッカーサークルに所属していました。サッカーの練習をビデオに写している横で実況をしていると友達が喜んでくれたそうで、「実況アナウンサーいけるかも」と思ったことがアナウンサーを志したきっかけとなりました。

そのほかにも「サッカーのそばで一生生きていきたい」と考えていた藤井さんは、サッカー縦軸就職を打ち立て「サッカーの実況ができるテレビ局」や「ボールを作っている会社」「ユニフォームをスポーツメーカー」「芝を管理する会社」など幅広く考えていたそうです。その中でもサッカーの感動に一番近いのは実況アナウンサーだと思い、当時サッカー中継をしていたフジテレビ、日本テレビ、NHKを受けることを決めました。

1番最初に受けられたテレビ局が日本テレビだったそうで、1社目にして見事合格し1994年(当時24歳)の時に日本テレビに入社しました。

上の画像は入社当時のものです。爽やか好青年イケメンですよね!新人の頃の初々しさがある、貴重な動画ですね。

引用元:Instagram

日本テレビに入社した藤井さんの同期には羽鳥慎一さんがいます。2人とも180cmを超える高身長で、日本テレビのツインタワーと呼ばれていました。羽鳥さんと対極になっていたため、滅多に会うことはなかったそうですが、お互いが意識し合い切磋琢磨していたようです。

1996年(当時26歳)から「ウッチャンナンチャンのウリナリ!!」の番組コーナーの進行役としてバラエティ番組にレギュラー出演し、活動の幅を広げました。

1999年(当時28歳)の時に「ウッチャンナンチャンのウリナリ!!」のドーバー海峡横断部にリレーメンバーとして参加しました。合宿では進んで居残り練習を提案するなど、熱心に活動していました。

2021年(当時50歳)の時に出演した「さんま×上田×有働!今だから話しますキャスター大集合SP」では、今までで1番キツかった仕事としてドーバー海峡横断部を挙げており、「私だけがサラリーマン。私がミスするわけにはいかないので、本当にキツかった」とお話しされていました。

上の画像はドーバー海峡横断部の濱口優さんが投稿したものです。今でも毎年集まるなど交流を続けているそうです。

シン

サッカーを始めたきっかけってなんだったのかな?

ラン

実は元々野球少年だったんだって。
ある日引っ越しした先に野球チームがなく、たまたまサッカーが強い地域だったことがきっかけで、サッカーを始めたみたいだよ!
中学1年生の頃、先輩方が全国大会準優勝を果たしたのをみて「自分も全国大会に行けるのでは」と思って、どんどんハマっていったとお話しされていたよ!

30代(2001年~2011年)

引用元:Amazon

2006年に自身の念願が叶い、全校高校サッカー決勝の実況を務めました。入社してからさまざまなスポーツの実況を行なってきましたが、サッカーの実況は初となりました。

初めて決勝の実況で緊張しているところに、決勝進出を予想しておらず事前取材ができなかった盛岡商が勝ち上がりました。自分で追加取材ができずに決勝を迎えてしまい、地元局アナの熱量を引き出せなかったことや自分のスキル不足を実感し、中継後の控室で泣いてしまったそうです。

それから次の決勝の実況ができる時に備えて、1年間毎日サッカー実況の勉強年間100試合グラウンドで直前取材をしたそうです。藤井さんは「責任感を強く持って臨まないと、全国のアナウンサーの代表として決勝の実況は担当できない、いや担当してはいけないと思っていました」とお話しされていました。

上の画像は2021年に全国高校サッカー選手権大会が第100回を迎えたのを記念して出版された、実況経験のあるアナウンサーたちが舞台裏を明かす書籍「第100回全国高校サッカー選手権記念 伝えたい、この想い アナウンサーたちのロッカールーム」です。全国のアナウンサー16人が取材の裏話や実況の解説などを語っており、藤井さんは自ら企画し執筆、編集まで手掛けた書籍です。

引用元:文春オンライン

2010年(当時39歳)の時に、夕方の報道番組「news every.」のメインキャスターに就任しました。当初は「3年くらいを目処にやってくれ。3年経ったらスポーツの実況に戻すから」と言われていたそうです。

「news every.」での1日に密着した際には、毎日自分でメイクをしていたり、本番までほぼ原稿を読まないなど驚きのルーティンがありました。気がつけば14年間「news every.」のメインキャスターを務め日テレ最長の夕方の顔となりました。

上の画像は「news every.」に出演している時のものです。番組の締めの言葉は、直前のVTRの内容の流れを重視していたため、放送中にどんなことを話すのか考えていたそうです。

シン

どうして本を出版しようと思ったのかな?

ラン

高校サッカーの実況アナウンサーはある程度の年次になると若手に道を譲ることになるんだって。思い入れが熱く気持ちが残ってしまうから卒業したアナウンサーが集まって振り返ったりしていたんだけど、話しているだけじゃ消えてしまうから、何か残せたらいいなと思って企画したみたいだよ!

40代(2011年~2021年)

引用元:文春オンライン

「news every.」の放送開始後からは、報道一本でやってきた藤井さん。最後の一言は、X(旧Twitter)でトレンド入りするなど多くの国民を支えてきました。

特に2011年(当時40歳)のときの東日本大震災や2020年(当時49歳)のコロナ禍の時には、視聴者に寄り添い、呼びかける言葉が視聴者の心に刺さり「救われる」「どんな政治家よりわかりやすく心に響く」「1日のストレスが和らぐ」などの声が寄せられていました。

上の画像は2020年4月21日に放送された「news every.」の時のものです。コロナで緊急事態宣言が発令された当時を振り返り「何か困っている人を助けることができないか。困っている人に『大丈夫ですよ』と伝えたかった」とお話しされていました。

引用元:X

藤井さんは、お酒が大好きで2018年(当時47歳)の時に、ワイン関連の民間検定である「ワインエキスパート」と日本酒関連の「SAKE DIPLOMA」の資格を取得しました。将来は「アナウンサーの悩みを聞けるワインバーをやりたい」とお話しされていました。

上の画像は2022年のボジョレ・ヌーボが解禁された時に放送された「news every.」です。趣味から資格を取得し、さらにお仕事に活かされていてすごいですね!

フリーに転身されてからは、長野県に特化したケーブルテレビ番組「藤井貴彦のふるまい酒〜信州編〜」をやっており、資格取得で得た知識を活かして番組の進行を務めています。

シン

藤井さんは他にも資格を取っているのかな?

ラン

小さい頃から不動産が好きで、宅地建物取引士の資格も取得しているよ!この資格を取得してからは「不動産BERをやりたい」とお話しされていたよ。

50代以上(2021年~)

引用元:日テレNEWS NNN

2021年(当時50歳)の時に、好きな男性アナウンサーランキング1位を獲得しました。同ランキングでは史上最高齢の1位となりました。上の画像は当時の「news every.」の時のものです。藤井さんは「過去最高齢ということで長くやっていてよかった」とコメントされていました。

1億3000万人のSHOWチャンネル」に出演した際にランキングについて話を振られると、「この話ちょっと微妙なんだ」と表情を曇らせました。続けて「ここにいる方(羽鳥アナ)が、私が1位じゃなければ、殿堂入りできる年だったんです」と羽鳥さんを思いやるコメントをされていました。

でも本当1位になるって、1番前で風を浴びるので結構気持ちいいですね」と本音を語り、笑いを誘いました。

引用元:ニッポン放送

2024年3月(当時53歳)で日本テレビを退職し、フリーアナウンサーに転身されました。

4月から日本テレビの看板である「news zero」を担当することが決まっており、担当する責任感と後輩たちの育成中に退社していいのか迷いがあったそうです。人生初の退社届は28枚も書いてやっと形になったそうで「印鑑を押す利き手の左手も震えて、右手で震えを抑えていたのを覚えています」とお話しされていました。

フリー転身後は「news zero」のメインキャスターとして報道番組に携わりながら、バラエティ番組やローカル番組、ラジオ番組に出演するなど精力的に活動しています。

2024年11月(当時53歳)からニッポン放送で初のレギュラーラジオ冠番組「藤井貴彦 Saturday Night Buzz」を約5ヶ月間担当していました。

上の画像はレギュラーラジオ冠番組のものです。ラジオパーソナリティーは藤井さんに取って挑戦となり「きっちりと時間通りでしゃべり終えるテレビと違って、自由度の高いラジオは難しかった」と振り返っていました。

シン

ローカル番組にも出演しているんだね。
どこのローカル番組にでているのかな?

ラン

金沢、岩手、新潟でレギュラー番組を持っているよ。
「news zero」が木曜日までで、金曜日は自分で取材ができる日だからと1ヶ月に1回は各地に訪れているんだって。

藤井貴彦さんが所属する”セント・フォース”には他に誰が所属してる?

引用元:セント・フォースセント・フォースセント・フォース

藤井貴彦さんの所属するセント・フォースには、神田愛花さん、川田裕美さんや潮田玲子さんなどが所属しています。

【画像】藤井貴彦のかつら疑惑はデマ?真相は?フリー転身の理由は?

藤井貴彦のかつら疑惑はデマ?真相は?

引用元:マイナビニュース
引用元:X

藤井さんは、カツラなのではないかという疑惑があります。X(旧Twitter)でも「藤井アナはカツラかな」「藤井アナがカツラだと思うのは、私だけ?」など多数の投稿がありました。

「news every.」に出演していた時、いつも髪型が同じであることが1番の理由で疑惑が浮上したようです。毛量が多くおでこが狭いようなので、違和感を感じる方もいるのかもしれません。また、白髪がなく不自然に見える真っ黒な髪色もカツラのように見える原因だと思われます。

ですが、カツラであると断定できる情報は一つもありませんでした

藤井さんは、直毛であることが悩みで全然言うことを聞いてくれないとお話しされていました。日本テレビ時代はヘアメークが付いておらず自身でセットしていたので、直毛で扱いづらい髪質だとセットするのも難しかったのではないでしょうか。

シン

藤井さんは昔からあまり髪型が変わっていないよね。

ラン

そうだね。小学生の頃から髪型を変えていないとお話しされていたよ!

藤井貴彦のフリー転身の理由は?

引用元:ORICON NEWS
引用元:スポニチ

藤井さんは2024年に30年務めた日本テレビを退社し、フリーアナウンサーに転身しました。

「news every.」を毎日やっているのが体力的にキツイと感じ、「金曜日だけ休ませてもらえないか」と上層部に提案したところ無理だと言われてしまったそうです。

『news zero』なら週4でもいけるよ」との打診に、「夜担当すると家でご飯を食べることも、友人と飲みに行くのも週4日なくなる。それだと人生が変わってしまうな」と大きな決断になることを察知したそうです。

それならと「一緒にフリーになることもご検討いただけますか」と尋ねたところ「フリーも認める」と言われ、フリーに転身することを決めました。

シン

元々フリーアナウンサーになることを考えていたことはあるのかな?

ラン

全く考えたことがなかったみたい。
フリーになることを提案して”フリーも認める”と言われた時は「引き止めてくれるんじゃないの?」と思ったみたいだよ。

藤井貴彦さんがデビューした1994年はこんな年だった!

引用元:小学館毎日新聞Wikipedia

藤井貴彦さんがデビューした1994年は、「名探偵コナンの連載開始」、「松本サリン事件」、「プレイステーション発売」などの出来事があり、話題となりました。

また、この年の流行語(大賞)は、「すったもんだがありました」で女優の宮沢りえさんが受賞しました。

藤井貴彦のプロフィール・SNS

引用元:スポニチ

プロフィール

  • 名前:藤井貴彦(ふじいたかひこ)
  • 生年月日:1971年12月3日
  • 年齢:54歳(2025年10月現在)
  • 出身地:神奈川県
  • 血液型:B型
  • 趣味:ゴルフ、1人飲み、ビストロ探し
  • 特技:オールジャンル実況、コミュニケーション、アドバイス、番組進行全般
  • 所属事務所:セント・フォース

SNS

シン

藤井さんは何か続けていることがあるのかな?

ラン

日本テレビに入社してから30年間、毎日5行日記を書いているよ。
最初はあまりにも忙しすぎて何をやっているかわからなかったから紙に書いていたんだって。「どんな仕事をしていたか振り返られるのが面白いと思って、それが日記みたいになっていた」とお話しされていたよ。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次